■加茂桐たんすの発生と歴史
730年頃
厨子、お櫃等の収納具の発生。
正倉院で見受けられる。
1000年頃
厨子、厨子棚に、箪笥の基本である引出しが作られる。
清少納言、紫式部等女流文学の発生と文書の保管に用いられる。
1600年
関が原の戦いにより、家財の持ち歩きが始まる。
1630年頃
慶安のお触書により、節約と財産造りを奨励。
長持ち(現在の衣装箱)等、収納具が大型化する。
1700年頃
江戸文化の爛熟期。
「箪笥」という言葉が使われ始める。
1715年
近松門左衛門の「国姓爺合戦 好色5人女」で
二つ重ねの箪笥が記載される。
1720年頃
衣類収納の箪笥が盛んになり、様々な箪笥が生まれる。
1783年
加茂桐箪笥の創始者である丸屋小右衛門(*1)が、大工仕事の傍らに、加茂で初めて箪笥を作る。
このとき、材質は「杉」であった。
1810年
丸屋小右衛門が「桐」を使って、箪笥を作る。
新潟加茂から福島会津への一帯は、桐の産地であった。
桐の軽さ・柔らかさは、緻密な仕事がしやすく 後の伝統工芸へとつながって行く。
1820年頃
加茂川(*2)を利用して、桐箱・桐箪笥が
信濃川を経て、港町新潟・東北へと船積みされた。
桐の軽さと加茂川の存在が、大型の箪笥の搬送を可能にした。
以降、明治から昭和に掛けて、加茂が全国一の桐箪笥の産地となってゆく。
1974年
加茂桐箪笥が、伝統工芸品として認定される。
伝統工芸は、200年以上続く技術の継承が条件。
小倉家の、創業以来絶えることなく続くタンス業と代々続く家系図が、伝統の証しとして認定され指定を受ける。
<註釈>
*1:当時は町人に、苗字帯刀が許されていないため、屋号を「丸屋」としていた。
*2:加茂川は、加茂の町を縦に貫くように流れ、物流の行き来に大きな役を果たした。
参考資料:1974年 伝統的工芸品 認定申請資料「加茂桐箪笥」 |
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■小倉タンス店 家系図
1783-1846年
初代 小右衛門(こえもん)創業者。
丸屋小右衛門の名の入った桐箱、長持ちが、弊社倉庫に現存する。
1808-1872年
二代目 音五郎(おとごろう)
1833-1902年
三代目 喜五郎(きごろう)
大いに栄え、寺社に寄進札が残る。
1859-1911年
四代目 古満(こま・女性)
次代が幼少のため、女の身で桐箪笥屋を継ぐ。
この頃、加茂で桐箪笥作りが広く行われるようになる。
1863-1931年
五代目 小倉 徳七(とくしち)
明治に入り、小倉を名乗る。
1917-1959年
七代目 小倉 登美治(とみじ)
1932-現在
八代目 小倉 栄世治(えよじ)
加茂桐箪笥が伝統工芸として認定を受ける。
1960-現在
九代目 小倉 健一(けんいち)・栄子(えいこ)
インターネット事業開始。
(財)日本電子商取引事業振興財団
企業コード103116
海外プロモーション事業開始。
Onitsuka Tiger & Ogura Tansu Ten


■屋号の変遷
カネキ
「丸屋」から、木に関わる屋号「カネキ(=木を司るの意)」に変わる。
この「カネキ」は、今も屋号として使用。
買い付けた桐の丸太には、屋号「カネキ」を打つのが当家の伝統。
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